雑記の最近のブログ記事
「~のココロよ」とかいう語尾のキャラクターいなかったっけ。コロスケとこんがらがっている。
さてニフティの「地球のココロ」なる壮大なプロジェクトにて、寄り目な記事を書いております。

今たまたま、私の書いた「粘土板」と「皆既日食傘」と2つの記事がトップにあります。
ご覧のとおり「エコをはるか遠くに望むような記事」になっております。つまり程遠いってこった。
月2~3くらい書いていきますのでよろしくお願いいたします。
今日のデイリーポータルZのラジオにゲストで出させていただいてますが、主題が「はんこ部始まるよ」だったので、さっき急いで「消しゴムはんこ部」の最初の更新をしました。綱渡り人生だぜ。

前回途中で放り出した「ぬいぐるみ部」とは違い、今度はじゃんじゃか更新しますよ。わはは。
よろしくお願いいたします。
出ました、上電。
この間乗ったら車内が真っ青な水族館になっててたまげた。
***
かすり傷が多いんだ、私は。
1日終わると見知らぬ傷やあざが1つ2つ。
どっかにもうひとりいるのか私は。
決してそれは、戦場でカメラマンをしているからでなく、サバンナで鳥獣の保護に従事しているからでもなく、酔っ払ったときのあざ、とかではなく単に「体勢感覚がおかしい」んだと思う。
「足の小指をたんすの角にぶつけがちなのは、なぜでしょう?」という永遠の命題に真剣に答えた番組があった。それは「脳が小指をもはや認識してない」からだという。もういいや、小指。と勝手に脳が忘れようとしていて、そりゃ最初から無いものなんだからぶつけるはずである。
私の脳はさらに上を行き、次々と体の各部分を捨て去っていく。
「すね、いらねえ」「上腿、知らんよ」「ひたい、まあいいやな」
そして私はいなくなる。さようならー。
思えばよくこれでダンスやってたものだ。でも単に踊るときは夢中でやってたから気づかないだけで、同じフロアにいた人々には多大な被害を与えていたのかもしれない。その人たちがかすり傷で済んでいますように。
そういえば今回の記事は「水族館"片隅ツアー"への招待」でした。動物園も水族館もそれぞれ好きだ。
お
「大村 昆」
その昔、「コンちゃんソーセージ」という食べ物があった。大村昆氏をデフォルメしたキャラクターが描かれた、まあ今のスナックソーセージと同じものだ。肉屋とかでよくばら売りしてて、鉛筆立てのように筒に入って売られていた。
今思えば、いったいどういう事態だったのかと思う。
なにせ「大村昆」だ。あの「オロナミンC」の昔懐かしいホーロー看板のあの顔、といえば「ああ、あの顔」「ああ、目のところによくガムでいたずらされてたあの看板」と思い当たることだろう、あの役者である。なぜ、彼が、ソーセージに。戦隊ヒーローなら分かるが、なぜ「ちょび髭丸メガネ」の人が、こどものおやつに。
その頃の彼を取り巻く空気がわからずに切り離してしまうと、こういう妙な気持ちになるが、Wikiで調べたら「昭和30年代の爆発的人気を得た喜劇役者」というようなことが書いてある。ってことはアレだ、志村けんの「けんちゃんラーメン」と同じようなもんか。なぁんだそりゃおかしくないわ、ソーセージになっても。
そうか?
立ち位置がわかってもなんだか釈然としないのは「ソーセージ」だからだろうか。ラーメンならまだわかる、ということでもないような気もするが、ソーセージになることのわけのわからなさと比べればなんとなく腑に落ちる、気がする、でもなあ・・・ええいもうわからんわ。
そう考えると、「じゃあソーセージに似つかわしいキャラクターとは何だ」ということになり、それはキティちゃんでいいのか、やっぱポケモンか、それともタッチか(「そうせいじ」なだけに!)形状ならバーバパパか、これ以上は危なくなりそうなのでやめておくが、いやそもそも子供のおやつにソーセージ、ってよく考えるとすごいな、肉だぞ、でも魚肉だからDHA豊富ってやつか、いや当時そんな認識あったかなと、無限宇宙の彼方に吹っ飛ばされる心持である。ソーセージのために。
あと、「大村昆」で検索したら「大村昆 桃屋」という候補が出てきた。やっぱり皆も間違えてんだな。
「英語」について書こうとしてたんだが、問題の根幹が「私の"うわの空"加減」ということになってしまい、これはちょっと掘り進めたらアレだなと気づいて消した。
消したつもりが効率よく要約して載せてしまいました。ははは。では。
え
「宴会芸」
「宴会で披露できる芸」を常に持ち合わせている、という人には、学生のころはいざ知らず、社会人になってからとんと会わない。そういう「芸を必要とするような宴会」には幸いあまり縁が無いからだろうが、人生というのは何が起こるか一寸先は闇、今日生きてた人が朝起きたら死んでたりする。
生死の話じゃなくて宴会の話だった。
つまりいつ宴会などに列席し「乙幡さん何かやってよーおーおー!」と酔っ払った年嵩の方から そそのかされないとも限らない。さんざん某サイトでは踊ったりおどけたりしている自分である、ここはひとつ何か持ってないとダメだろう。でも何をすればいいのか。
宴会芸というのは、昔なら小唄のひとつも歌って安来節、程度のことだったろうが(いつの話だ)今はスピードの時代だ。何か気づいたら実話系雑誌のおやじコラムみたいだがまあいい。
一発芸というやつがいいのだろう。さて効率よくパッとやってサッと場を盛り上げられるような、私ならではの芸といったら、何か。
・両肘をつき合わせて伸ばし「さるうで」とやる(私はさるうでである)
・股割り(これもけっこうできる)
・舌の長さ自慢(下あごの先に付く)
「ダメだこりゃ!」という長さんの声が遠くから聞こえてきた。芸ってなんだろう。
う
「ウメヅ氏」
いきなりの題材で自分でもびっくり。しかしそれを狙っての「あいうえおエッセー」(エッセーだったのか!)なのでこれでいいのだ。
去年、吉祥寺でウメヅ氏を見たが、やっぱり赤のストライプで、道行く人は誰も気に留めず、吉祥寺っていろいろすごい!と思った。
その前にウメヅ氏を見かけたのは20年も前、国立駅でだ。と思ったが、よくよく思い出したら単に「全身ピンクずくめのオカマ」だった気がする。ウメヅ氏と一緒の箱に入れてしまった。2人、すまん。
すまんついでに、カタカナで書くなら「ウメズ」氏、であろう。申し訳ない。
井の頭線に乗ったとき、例の彼の家の詳しい場所を知らずに乗ったもんだから、ふと木々の間から赤ストライプがもれ見えたときは、あまりにいきなりだったもんだから「!ウメズ!ウメズ!」とだけでかい声を発するのが精一杯で、同行者を大いにびびらせた。
いやそういう一言を言うためじゃないんだ。
い
「いぬ」
私は犬好きだが、犬好きの根拠としてひそかに思い入れがある要因は、その発音である。思い入れありすぎて日本語がおかしいぞ。
なんたって「いぬ」である。
何度でも声に出して言いたい、「いぬ」と。いぬ、だ。ねこ、や、うさぎ、などと比べてみてほしい。
「い」と来て「ぬ」。
いぬ。何あろう、その茫洋な響き。何あろう、そのノヘラーッとした語感。いるんだかいないんだかわかりゃしない。先祖はオオカミという、誇らしい出自、堂々たる名前を忘れ去ってその名は「いぬ」。
「い」というのは母音の中でも一番子音に近く、そこへこれまた消失しやすい「ぬ」という発音。何と奥ゆかしいことか。いとしいことこの上ない。
あまりにいとしいゆえ、犬とすれ違うとたまに「いぬ。いぬ。いんぬ」と独り言を言ってしまうときが本当にあり、ほら嘘だと思うなら井の頭公園近くを張ってみなさい、「いぬ。いぬ。いんぬ!」と小声でつぶやく女がふらふら歩いているのを見るだろう。
最近飼いたいと思うのは「雑種の、田舎にいるような、老犬で、左右の足の間が開いてる」犬だ。こんな犬、ペットショップには絶対売ってないのでやっかいだ。
そんなこと言っても「またアイツ口だけだ」「少年と狼だ」と思われるであろう。自分もガンガンにそう思う。
あ と書いて、ぱっと浮かんだもので 強制的に 書くのだ。のだ。
「アート」
ああ何かややこしいのが浮かんじゃったよ。
自分のやってることって何だろうと思うときがけっこう、最近はある。「最近は」というのは、今までは息も絶え絶えやってきたからで、というのは誇張ではあるが、やり散らかしてきたゆえ、自分の目線は「ほふく前進」並に低かった。
最近は、ちょっと俯瞰して見られる気が薄っすらし始めた。っつっても自転車立ち漕ぎレベルではある。
で、何だろう、人には「あなたのやってることは、アートですよアート!」と言われたりすることもある。でもたぶん人も自分も、なんのこっちゃかあまりよくわかってないのである。
でもそこを「アートでございますよ」と、言い切るのももちろんアリであろうし、「アートばかんすんな!」と怒られれば「はい、はい!すいません!すぐ引っ込めます!えへへ」と平身低頭する用意もある。
アートって、何スかね。引越し屋スかね。
また太宰治の話なんか出すが、彼は「芸術は弱いものの味方なんだ!」とよく書いていた。今の私の立場からは、それが一番目指す道と思われる。弱者の味方。炊き出しを手伝ったりはできないが、やってることでクスリとでも笑っていただければと。うーむその辺が今の本音と言いますか。
これが、芸術美術を血眼になって学んできた人の言うことならカッコイイのでありますが、どうにも自分の来し方は茫洋で漠然たるもので、誇れるものが毛ほどしかない。
しかし自分の毛は美容院でよく「強いですねー!」とほめられる質であるので、その「毛ほど」でもなんとかやっていけそうな気がする。と真面目に書いてしまいました。バランスとるためもう1こ書こう。
あ
「アニメ」
最近、動画サイトでバカみたいに昔のアニメの主題歌を探しては聞きまくっている。聞くうちに当時のアニメ事情がぽろぽろと思い出され、ああ私はこんなに見てたんかアニメと暗然たる・・・いや陶然たる思いがこみ上げる。
中でも、今あらためて気づいたのだが、湖川友謙さんのキャラクターが好きだったんだな私は。「イデオン」「ザブングル」「ダンバイン」「エルガイム」あたりの絵を見ると、おなかのあたりがぎゅーとうずく。そうだ、ザブングルは映画も行ったんだ、26年ぶりに思い出したよこんなこと。しかも1人で行ったんだ。どういう情熱か。
しかし26年ぶりに絵を見ても、あまりに古さを感じさせないのに驚くほかはない。自分はこんな恵まれた環境にいたのだ。当時はほんと、アホみたいに見過ぎててわからなかった。まあ主題歌のVというのは最高の技術が注がれるから余計にそう見えるんだろうけども(ブライガーなんか主題歌は超いいんだけど本編の絵の崩れが子供心に"ひでえなあ"と思いながら見てたもんだ)
そんなわけで、あの頃、小学校6年生の頃のアニメブームの熱がまた個人的に再燃中である。大人になってプラモとかラジコンとかバービーとかを買いあさる気持ちがわかった。
なので、週末神保町に行ってこよう。月刊アウトとか探してこよう。深海魚のぼりも見てくるぞ。
今さらですがデザフェスで見た印象深いモノをさらっと。
ブース名はわからなかったんですが、「やられた」感の強いこちら。

あんこうが鉤でつるされてる てい のバッグ。

セミのさなぎが脱皮しているかのようなティッシュケース。
皮細工です。いいなあ皮。
そしてオマケは、Kさんからいただいた、世界一?小さい三脚。
これですよこれ。紐とリングのみ。

えー。でも想像はつく。
リングからでっぱってるネジを、カメラの三脚ネジにねじこんで・・・


このようにリングに紐を通して足2本との3点間でピーンと張れば、はい三脚。
力を入れて張ればブレません。「ブレない」だけなら立派に三脚の役目を果たしている。
こういうのを作るあたりがさすがMaker。
うなる。
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Makerといえば、こんなの作ってみました。完全受注生産なのだ。
こういうのを作るあたりがさすがMaker。
うなる。
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Makerといえば、こんなの作ってみました。完全受注生産なのだ。

たまってたお返事、あらかた返し中ですので見てみてください。
メールのお返事はぼちぼちやりますのでお待ちを。
やーMake:イベント終わってホッとしてますが、すぐ次の企画や制作に入らなければいけない。いけないのだが、ついオークションで「ガイノイドフィギュア」買ってしまったり、スペースシャトルオービターのプラモ買ってしまったりしてました。おお神よ赦せ。
今日のDPZです。
「マグロ解体ショー開催、ただしぬいぐるみで」

これはニフティに置いてもらおう。
当分でかいものは作らんぞ。