巣、す、ス、って言い続けているとなんか変な気分になりますね。
「なんでもスズメバチの巣にしてしまえ」

地球を火星にしてしまえ、などの「なんでもシリーズ」である。
火星て、えらく古い記事を引き合いに出してしまった。
さてこればかりはこれからどうしようかしらねえ。
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今頃「水曜どうでしょう」にはまりそうな予感。何でも人より10年遅れてやってくる。
いや"鮭除け"じゃないんだ。
「虫除けネットのガワを魅力的にする」んだ。

文中「都議選も近い」と書いてある、ということは都議選前に提出した原稿だ。めずらしく早い入稿。それもそのはず、先週掲載だと思ってたのだ!
これを機に1週前倒しという優雅な原稿生活に入らせてもらう。
今さらTwitter始めました(右サイドの検索の下んとこ)。あまりにほっぽり過ぎなのでオイル注入だ。でも言いっぱなしになる予定なのでフォローはひとつ期待しないでくださいや。
き 金賞
金賞といえばあのセレクションの金賞だが、私たちの金賞といえば「描いた絵や習字に貼られる金色のシール」だった。
学校でかいて提出した絵や字が、なぜかクラスの壁じゅうズラッと貼られる。先生が、折り良きころに1・2・3番を選んで、丸い「金・銀・黄色」のシールを貼っていくのだ。たまに長方形の小さな紙だったりする。
あのシール、紙切れには絶大な力があった。貼られていれば相当な名誉であった。翌朝学校に行き、その紙が誰の作品に貼られているか、ドキドキしながら見ていくのである。自分のところに貼ってあれば黙ってその喜びをかみしめる(そういう社会だし、そういう性格だ)。で、家に持ち帰っても捨てずに長らくとっておいたりする、そういう威力のあるシール。
大人になって目線が変わると、あのシールは文房具屋に売っていた。パッケージ問屋の壁に特に主張もなくきらびやかでなくぶら下がっていたりする。ああ金色のシールって、こうやって売ってるんだよね、という絶望も特になく、その後金賞とは縁のない一生を歩んでいく。
「~のココロよ」とかいう語尾のキャラクターいなかったっけ。コロスケとこんがらがっている。
さてニフティの「地球のココロ」なる壮大なプロジェクトにて、寄り目な記事を書いております。

今たまたま、私の書いた「粘土板」と「皆既日食傘」と2つの記事がトップにあります。
ご覧のとおり「エコをはるか遠くに望むような記事」になっております。つまり程遠いってこった。
月2~3くらい書いていきますのでよろしくお願いいたします。
漠然としたテーマで最後まで書いてしまいました。
「"敵キャラ"っぽく見える花を探せ!」

ところで告知、もうひとつありました。
もうカルカルのサイトに出てたんだった。
2009 08 14 [Fri]
タミヤ×東京カルチャーカルチャーpresents
タミヤナイト!~春風亭昇太と乙幡啓子のタミヤの世界~
Open 18:30 Start 19:30 End 21:30 (予定)タイトル見てぶっとんだ。大変なことになっとる!
メカ工作「ぷるぷるじいさん」の実績からお声をかけていただきました。
またメカ工作を独自にアレンジしたものを作っていくことになると思います。
チケットたぶんすぐなくなるので(昇太さんファンたくさんいらっしゃるので!)
ご注意ください!
8月の最終土日、私は信州・高遠にいます・・・。
8月29・30日
「高遠ブックフェスティバル」
もともと東京で古本屋をしておられた方が高遠に移り住み、ヨーロッパに散在する「本の町」を高遠で実現しようとがんばっておられます。
「本の町」とは、町のそこここに本屋さんがあり、長く滞在しながら好きな本を読んで過ごそうという何とも優雅な場所。
日本でも初の「本の町」を!その周知そして浸透のため、今回第1回目のブックフェスを立ち上げることになったということです。
私も光栄にもお呼ばれしまして、企画参加させていただくことになりました。
今まだ何をしようか練っている段階ですが、この両日は高遠の町をぐるぐるまわってるかと思いますので、ぜひ避暑にいらしてください。
高遠、見学に行ってまいったのですが、いいとこなんですよこれが。昔話に出てきそうな。
呼ばれてるからと言ってお世辞を言っているのではない。
非常に楽しみです。やること山積みなのだが。

今日のデイリーポータルZのラジオにゲストで出させていただいてますが、主題が「はんこ部始まるよ」だったので、さっき急いで「消しゴムはんこ部」の最初の更新をしました。綱渡り人生だぜ。

前回途中で放り出した「ぬいぐるみ部」とは違い、今度はじゃんじゃか更新しますよ。わはは。
よろしくお願いいたします。
出ました、上電。
この間乗ったら車内が真っ青な水族館になっててたまげた。
***
かすり傷が多いんだ、私は。
1日終わると見知らぬ傷やあざが1つ2つ。
どっかにもうひとりいるのか私は。
決してそれは、戦場でカメラマンをしているからでなく、サバンナで鳥獣の保護に従事しているからでもなく、酔っ払ったときのあざ、とかではなく単に「体勢感覚がおかしい」んだと思う。
「足の小指をたんすの角にぶつけがちなのは、なぜでしょう?」という永遠の命題に真剣に答えた番組があった。それは「脳が小指をもはや認識してない」からだという。もういいや、小指。と勝手に脳が忘れようとしていて、そりゃ最初から無いものなんだからぶつけるはずである。
私の脳はさらに上を行き、次々と体の各部分を捨て去っていく。
「すね、いらねえ」「上腿、知らんよ」「ひたい、まあいいやな」
そして私はいなくなる。さようならー。
思えばよくこれでダンスやってたものだ。でも単に踊るときは夢中でやってたから気づかないだけで、同じフロアにいた人々には多大な被害を与えていたのかもしれない。その人たちがかすり傷で済んでいますように。
そういえば今回の記事は「水族館"片隅ツアー"への招待」でした。動物園も水族館もそれぞれ好きだ。
お
「大村 昆」
その昔、「コンちゃんソーセージ」という食べ物があった。大村昆氏をデフォルメしたキャラクターが描かれた、まあ今のスナックソーセージと同じものだ。肉屋とかでよくばら売りしてて、鉛筆立てのように筒に入って売られていた。
今思えば、いったいどういう事態だったのかと思う。
なにせ「大村昆」だ。あの「オロナミンC」の昔懐かしいホーロー看板のあの顔、といえば「ああ、あの顔」「ああ、目のところによくガムでいたずらされてたあの看板」と思い当たることだろう、あの役者である。なぜ、彼が、ソーセージに。戦隊ヒーローなら分かるが、なぜ「ちょび髭丸メガネ」の人が、こどものおやつに。
その頃の彼を取り巻く空気がわからずに切り離してしまうと、こういう妙な気持ちになるが、Wikiで調べたら「昭和30年代の爆発的人気を得た喜劇役者」というようなことが書いてある。ってことはアレだ、志村けんの「けんちゃんラーメン」と同じようなもんか。なぁんだそりゃおかしくないわ、ソーセージになっても。
そうか?
立ち位置がわかってもなんだか釈然としないのは「ソーセージ」だからだろうか。ラーメンならまだわかる、ということでもないような気もするが、ソーセージになることのわけのわからなさと比べればなんとなく腑に落ちる、気がする、でもなあ・・・ええいもうわからんわ。
そう考えると、「じゃあソーセージに似つかわしいキャラクターとは何だ」ということになり、それはキティちゃんでいいのか、やっぱポケモンか、それともタッチか(「そうせいじ」なだけに!)形状ならバーバパパか、これ以上は危なくなりそうなのでやめておくが、いやそもそも子供のおやつにソーセージ、ってよく考えるとすごいな、肉だぞ、でも魚肉だからDHA豊富ってやつか、いや当時そんな認識あったかなと、無限宇宙の彼方に吹っ飛ばされる心持である。ソーセージのために。
あと、「大村昆」で検索したら「大村昆 桃屋」という候補が出てきた。やっぱり皆も間違えてんだな。
